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鵜飼い

鵜飼い・鵜飼・鵜養(うかい)は、鵜(ウ)を使ってアユなどを獲る伝統的な漁法のひとつ。日本では岐阜県、愛知県、京都府、愛媛県などで行われているが、特に長良川での鵜飼いが最も有名である。

鵜飼いの歴史は古く、『日本書紀』神武天皇の条に「梁を作つて魚を取る者有り、天皇これを問ふ。対へて曰く、臣はこれ苞苴擔の子と、此れ即ち阿太の養鵜部の始祖なり」と、鵜養部のことが見え、『古事記』にも鵜養のことを歌った歌謡が載っている。天皇の歌に「しまつとりうかひかとも」とある。また中国の史書『隋書』開皇二十年(600年)の条には、日本を訪れた隋使が見た変わった漁法として『以小環挂項令入水捕魚日得百餘頭』(小さな輪を鳥にかけ日に100匹は魚を捕る』と記されている。
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『和名抄』には美濃国方県郡の鵜飼が掲げられ、『集解釈別記』には鵜飼37戸とあり、『新撰美濃誌』には方県郡鵜飼の郷9箇村とある。文明年間、一条兼良が美濃の正保寺に滞在し鵜飼を見物した記録がある。延喜年間には長良川河畔に7戸の鵜飼があり、国司藤原利仁は7戸の鵜飼にアユを献上させ、時の天皇の気に入り、方県郡七郷の地を鵜飼に要する篝松の料としてたまわり、鵜飼七郷とよんだ。平治の乱で源頼朝が義朝と敗走するとき、義朝とはぐれて長良川河畔をさまよい、鵜飼の長である白明の家にやどり、そこで食したアユすしの美味に飢えをいやしたが、建久3年右大将として上洛するさい、白明の子をよびだして恩に報い、また毎年アユすしを鎌倉に送るよう命じた。

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2009年09月02日 03:05に投稿されたエントリーのページです。

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